おしらせ

保育の広場

保育の広場 卒園にあたって

 一年というのは過ぎてみれば早いもので、きじさんはころりん池を飛び立ち、ヤゴからとんぼになる時期となりました。はとさんはリーダーのきじになる期待と喜びを胸に、ひよこちゃんは、はと組になって自由に飛び回るワクワク感を手に、春を迎えます。

 「保育は見る事から始まる」とも言います。子どもが何をしているのか、どんな事に夢中になっているのか。もう一歩踏み込むと、心の内面ではどんな事を思い描いて遊んでいるのか。それを踏まえてどんな言葉かけをすればよいのか、あるいは言葉などかけずに見守っている方がよいのか。
 子どもの行動は心の表現と言いますから、どうにかその内面を捉えたいと思うわけです。そんな事を観察・想像しながら保育者は自分の行動を決めているんですね。
(もちろん自分の感性にしたがい、ぱっと反応しているわけですが)

 さて、先日子どもの様子を見ていましたら、ジャングルジムに坂道として取り付けてあるベニヤ板を、一生懸命に登ろうとしているひよこちゃんの女の子Aちゃんがいました。5m位離れた場所から助走をつけて駆け登ろうとしますが、半分より少し行ったところでずるずると落ちてしまいます。まだまだ走るスピードもかわいいし、出来るようになるのははと組になってからかな?自分で出来るようになる喜び、出来る為にだんだんと身体を合わせていく子どもの成長(身体の動かし方、感覚や筋肉を身につけていく)。
そんな願いからあえて手を貸さずに見守っていました。

 けれど、子ども同士ではそんな細かい事を気にせずに、うまく登れるはとさんが上で手を貸してあげていたんですね(笑)
「あとちょっとだよ!ここまできて!」
と、手を伸ばしてAちゃんを引っ張り上げてくれていました。相手を信頼してそこに飛び込むAちゃん。掴んだ手は離さないからね、安心してここまでおいで、と手を差し伸べるはとさん。そうだよなぁ、それでいいんだよな~!自然に助け合って、協力し合って遊んでいる姿に感心した場面でした。

 さらに驚くべきは、Aちゃんは、その後もくもくと、一人でも坂道を登るべく挑戦を続けていたのです。何度も何度も走り、坂を駆け登ろうとし、板のてっぺんまで手を伸ばします。見ていると
「だいじょぶ!だいじょぶ!」
と、自分を鼓舞しながら坂道を登っているのです。そして諦めずにチャレンジしたある時、ついにAちゃんの手は板のてっぺんをつかみ、坂道を1人で登れるようになったのです!「やった~!!一人でできた!」Aちゃんの嬉しそうな表情。その後も何度も何度も登り、疲れたら休憩して、またチャレンジして、登れた感覚を自分のものにしていました。子どもの遊びには、よく見るとドラマが詰まっているんですよね。日々脱皮を続けている子ども達の姿にあっぱれ!力を貸してくれたはとさん、ありがとう。

 さて、きじ組さんはいよいよ卒園ですね。
 「私の保育の理想は、大人がいらなくなる事」
と仰った方がおりましたが、今のきじさんはまさにそんな感じです。子どもだけであそびの群れを作って、えっ?だれかすごくあそびの上手な大人が主導して盛り上がっているの!?という程、いやそれ以上の歓喜の声が、子ども達から響いてきます。ドロケーをしたり、おままごとをしたり、相撲をしたり。お、おれも入れて~!と、先日は思わずTシャツを脱いで相撲に入れてもらった程です。

たかがあそび、されどあそび。
あそびが盛り上がる、深められるって、すごい事なんです!

 だって、こんなことをしようぜ、というイメージ力やリーダーシップ。僕はこの役をするから、君はそっちの役をお願いね、という役割分担、協働性。意見がぶつかったらどうにかしてまとめたり、妥協点・合意点を探すためのマネジメント力、コミュニケーション力、言葉と気持ちのやりとり。こうするとどうなるんだろう?という実験性や、興味を抱く力。出来ないことに手を貸す助け合い、みんなと同じように出来なくても大丈夫!と、自分を始めその場にいる誰もが楽しめるように考えるルール作り。

 子ども達にとって、ルールは既にあるから、そう決められているからただ従うものではありません。自分達が快適に過ごせるように、お互いに楽しくやれるように、こういう事にしようぜ!って、作るんですよね。ルールというのが、縛りとか息苦しいものみたいに聞こえがちですが、子どもたちを見ていると逆の意味を持って見えてきます(むしろ本来?)。なんかちがったら、やっぱやめようぜ、とか、やっぱこうしない?とあらためる潔さも子どものすごさです。

 ざっと見ただけでもこんなにたくさんの事を、子どもたちはあそびの中で創造し、学び合っているわけです。それも楽しく!!

 でも一方で、僕自身はこうも願っているのです。
 あそびで本当に得る、ころりん生活で子どもの心に残るものはもっと本質的なものであってほしいと。

 それは、自分は自分でいて良いんだ。人って善いものなんだなぁ。自分のことが大好き!みんなのことが大好き!なにがあっても大丈夫。生きるって楽しい、嬉しい!そんな、自分と、外の世界への安心感。肯定感。大丈夫、これからも自分の足で歩いて行ける。だって、こんなに僕を愛してくれる、そのま~んまの私を受け止めてくれる人がいるんだもの。未来もきっと楽しいぞ~!
という、希望や光です。

ころりんで友達とあそんで、たくさんの大人に受けとめてもらって、お母さんお父さんに愛されて。そんなみ~んながいてくれるからこそ、その子らしく大きく大きく伸びている心の根っこ。

 小学校、中学校では、もしかしたらその子の深さ、大きさ、優しさはすぐには目に見えないかもしれません。高校、大学でもまだわからないかも知れないです。その時の結果に焦らず、長い目で見てあげてください。
 園長マメも「”ころりん”の成果が問われるのは20年30年の後です」と言っておりましたように、子どもは一人ひとり違うのです。花開くタイミングもそれぞれなのです。どうか他の子と比べず、信じてあげてください。ふらふらしていても、頼りなくても、心配がつきなくても、いつかきっとその子なりに輝く時が来るはずです。高校を辞め、専門学校を辞め、通信制の大学を3つ辞めた僕からのお願いです。ころりんで自分で考えること、感じる事を奪われなかった子ども達は、心の中に自由を手にしているのですね。だから画一的な環境の中では、ちょっとだけ息苦しさを感じる事もあるでしょう。そんな時にはいつでも、ころりんに深呼吸しに帰って来てくださいね。ここはみんなの2つ目のお家ですからね。

 学びの場なら、色んな所に通ってみましたけど、ころりんは最高の人間教育の現場です!
あ、もちろん大人が子どもを教育するんじゃないですよ。
一人の子どもが、他の子どもや大人との出会いの中で、自分の色を深め、確かな存在になっていく。保育者は子どもの声を聴き、親の想いを分かち合い、みんながお互いに学び合い、育ちあう。そんな場です。

本当に、なにができても、なにかが苦手でも、そのま~んまのみんながすばらしい!大好きです!それに、自分の子どもを育てはじめて感じる事ですが、本当に世のお母さん、お父さんってすごい!!仕事に子育てに、毎日たくさんの事を抱えながら個性の塊の子どもを育てて、生活して。怒っちゃった時には、あとで反省して。どうしたら良いのかな?と、子どもの為に考えて。どうか幸せに大きくなってほしいと願いながら、手探りで子育てをする。
 子どもを育てるという、そんな尊いことをしている皆様を、心から応援しております。尊敬してます。卒園しても、こんなことがあった、あんなことがあった、ちょっと聞いて~!と、いつでも息抜きにきてくださいね。ころりんは母ちゃん父ちゃん達の応援団です!!子ども達も大きくなった姿をいつでも見せに来てください!

 そして、ころりんで皆様と、子どもたちと出会えたご縁に本当に感謝の思いで一杯です。みんな、ころりんに来てくれてありがとう~!!
いつでも帰っておいで~!!みんななら大丈夫だからね~!!

さて、それでは!!ころりん池から、おお~きな世界にいってらっしゃ~い!!

げんき(副園長)

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